日系お客様の現地工場への納品が安定化すると、「もしかしたら真面目に拡販すればローカル需要も掘り起こせるのでは?」という意欲が芽生えてきて、ひととき試験的に販売活動を行ってみる会社様はとても多いはずです。しかし割合すぐに、売れる先はごく限られていて、「オーバースペック」「あんなに安くは作れない」、よって「我が社の市場はない/早すぎる」という声が聞こえてきます。
これは、まったくそのとおり、でありながら、そのとおりではまったくない、典型的な初期の「躓き」です。「いま・この国に・現行製品の」市場はないかもしれません。しかし「今後・周辺地域もふくめて・新製品を投入できたら」どのような可能性が開けるかという視点は、まったく抜け落ちています。私たちはこの状態を「絶対良品」の呪縛、あるいは「市場良品」と「絶対良品」の区別不全、と呼んでいて、海外売上高が5%を超えない(=5%の壁)の典型的な病因だと捉えています。
日本企業の多くが、この呪縛にとらわれがちですが、それは日本企業が40年近く続いた超成熟市場で、ひたすらに付加価値を磨くことに専心し、それにより生き残ってきた履歴と深く関係しています。企画も、開発も、製造も、販売も、経営も、全社をあげて究極の製品(=絶対良品)の追求に全力を挙げ、それにより事業を存続させてきた文化が、トップから現場までしみ込んでいるからです。
しかしながら、成長国の市場原理は、私たちの時計を60年~75年巻き戻す必要があります。たとえば松下幸之助の水道哲学(良質なものを、水道の水のように安く大量に供給し、人々の生活を豊かにする)の時代を思い出すことが肝心です。これまでより確実に優れた製品を、安く・大量に・安定して提供する(=市場良品)ことができる企業を、お客様は支持するのです。「良品」であるかどうかは、現地市場のお客様が決めるのであって、日本の我々が決めるものではないのです。
ここに気づくことができれば、日本企業は「これまでより確実に優れた」製品とするためのネタを、非常にたくさん持っていることに気づきます。そして、現地で頑張っているローカルメーカーたちは「安く・安定して」つくる能力をもっていることに気づきます。だからたとえば、発想の時計を60年巻き戻して、筋のよいローカルメーカと連携しながら、毎年毎年すこしずつ進化した製品(=市場良品)を途切れなく投入しつづければ、その国・その地域での未来のトップ企業を育てることだってできるかもしれないのです。
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「絶対良品」の呪縛から脱し、虚心坦懐に「市場良品」を夢見ることができるようになるか。これは、「輸出」発想から「現地再創業」発想にシフトすることでもあり、早期に市場参入しておいたほうがよい業界、あるいはインドなどの巨大未来市場では、死活的に重要な要素となります。
取り組みの基本認識から、ギアシフトするテーマのため、本社社長の見識&構想力&胆力が強く問われるイシューだな、という感想を持っています。鈴木修社長のリーダーシップを思い出します。

